昨今、環境問題や格差問題などが意識され、資本主義のあり方、とりわけ「新しい資本主義」が議論され始めているようです。資本主義は、これからどのような変貌を遂げていくのでしょうか。
資本主義のあり方が、私たち自身の生活や人生、あるいは私たちの生き方にも大きな影響を及ぼしていくはずです。今後も変化を続ける社会や経済について、資本主義がどう関わってくるのか。資本主義の動向や本質に関心がある方も多いのではと思います。
白井聡著 『武器としての資本論』(東洋経済新報社)の「第9講 現代資本主義はどのように変化してきたのか」を読んだところ、興味深い記載がありました。
資本主義がどう変化してきたか、また、これから私たちはどう生きていくかについて、少しでも関心がある方向けにご紹介できればと思います。
なお、この記事では、橘玲著『不条理な会社人生から自由になる方法』(PHP文庫)からも関連する内容を参考にさせて頂きました。
資本主義は、「ソリッド(固体)」から「リキッド(液状)」の状態へと変化し、「社会が液状化し、人々が寄る辺なき『はじまりの労働者』に戻されていく」過程と述べられています。
資本論の用語について
難しい言葉が出ますので、まず話の前提となる用語を整理しましょう。
剰余価値
労働者の剰余労働時間によって生み出される価値。剰余労働ですので、生きていくのに必要な労働を超えて生み出される価値です。
特別剰余価値という概念もありますが、主に以下のとおり、「絶対的剰余価値」と「相対的剰余価値」の2つの価値に分けられます。
絶対的剰余価値
労働時間を長くして生み出される剰余価値。
労働時間の総量を増やせば、増やした分だけ剰余価値が増えることになります。時間が増えることで、生み出される価値の量が増えていくイメージです。
相対的剰余価値
労働力の価値そのものを引き下げることで得られる剰余価値。
生産性を上げれば市場の商品が安くすることができます。商品の価格が安くなれば、労働力の再生産費用が安く(= 給与を安くする)なります。結果として、剰余価値が増えることになります。労働単価が安くなるイメージです。
フォーディズム
フォード自動車会社の創業者 H.フォードが提唱した経営思想。
製品を通じた社会への貢献、従業員には高賃金、顧客には低価格・収益の社内留保による投資を図ることで、事業の拡大を行うという考え方です。
新自由主義(ネオ・リベラリズム)
「小さな政府、市場の自由」を目指す考え方。
主要産業が国有化され、公共事業が広く行われる「大きな政府」をやめ、産業の民営化を進め規制緩和を行い、市場を活性化すべきと主張します。
ソリッド(固体)の資本主義
「武器としての資本論」では、現代の資本主義は変化してきていると述べています。
歴史を振り返りますと、資本主義の誕生は、囲い込みで土地を追われた農民が都市へ流れこみ、都市部の産業資本がこの元農民の労働力と結びつくことで生まれました。結果として囲い込みが、18世紀の産業革命へと結びついていきます。
そして、20世紀初頭になると、フォーディズムが登場します。
フォーディズムは、フォードモーターの創業者H.フォードが提唱したと言われますが、フォーディズムの登場により、資本主義の形が大きく変わりました。
「フォーディズム型資本主義」以前の資本主義は、労働者は「ただひたすら多くの剰余価値を絞り上げる対象」にすぎない、乱暴なものでありました。
フォーディズムの革新性は、「フォーディズム型資本主義」によって、労働者は、単に「剰余価値を絞り上げる対象」から転換され、「労働者階級を富裕化して中産階級化」されていくことであったといいます。
「フォーディズム型資本主義」とは、「ソリッド(固体)」というイメージが伴います。
フォーディズムが、ソリッドと言われる理由は以下によるためです。
- 自動車、家電製品、耐久消費財、住宅など、産業は製造業が中心
- フォーディズムの影響によって、労働者階級が家を所有することが一般的になった
- 生産工程も複雑で大規模な工場を建設し生産する以上、途中で中止や変更がなかなかできない(硬直的)
日本はフォーディズムがもっとも定着した国
日本は、フォーディズム型資本主義がうまく定着した国と言われます。
フォーディズムに基づいた日本経済は、
「20世紀後半のフォーディズムの段階において花開き、一面の焼け野原だった戦後の日本を、一気に経済大国へと成長させました。すなわち、フォーディズムの理想、すなわち生産性の向上に意欲的に協力する規律正しい労働者という労働者像は、戦後日本で最もよく体現」され、「労働者階級を資本の相対的剰余価値生産の追求へ統合していくというシステムに関しては、日本が最も成功を収めた国」
と言われるためです。
「リキッド(液体)」の資本主義
しかし、フォーディズムが定着した日本や世界も、オイルショック以降、経済成長が鈍化し、フォーディズムは行き詰まりを見せ始めます。
なぜでしょうか。
経済成長が鈍化した要因は、例えば、安価であった石油の価格が高止まりしたためです。または、「集団就職」に代表されるように、地方の安い労働力を国内で全て使い尽くしてしまった結果、人件費が高止まりしたためからだとも言われます。
フォーディズムとポスト・フォーディズムで求められる価値
行き詰まりを見せ、成長が鈍化したフォーディズムに対し、フォーディズムを否定する文脈で、「ポスト・フォーディズム」が登場してきました。
フォーディズムでは、「腕力、肉体の力、さらには忍耐力」が重要な価値となります。フォーディズムは、「科学的管理法」とも呼ばれるテイラー・システムと密接な関係します。
提唱者であるフレデリック・テイラーは、「それは苦しいことかもしれないが、報いがある。がんばってラインに合わせてより効率的に身体を動かせ」と言いますが、「腕力、肉体の力、さらには忍耐力」が重要であると言います。
フォーディズムに対して、ポスト・フォーディズムは、「認知資本主義」とも言われ、「脳の力、知性や何かに気づいたりする感性や能力が剰余価値の生産にとって重要」な価値とになります。
フォーディズムとポスト・フォーディズムで求められること
考え方 | 求められる価値 |
フォーディズム | 腕力、肉体の力、さらには忍耐力 |
ポスト・フォーディズム | 脳の力、知性や何かに気づいたりする感性や能力 |
ポスト・フォーディズムの時代は、「もっと脳を鍛えて、シンボル(※)を操る能力を向上させて、イノベーションを起こす人材にならなければ没落する。」と言います。
「脳を鍛えなければならない時代」では、「ただ普通に働いていれば大丈夫という時代」とは異なります。
一方で、フォーディズムからポスト・フォーディズムへの転換を試みられましたが、実際、「新自由主義」の前に屈服せざるを得なかったというのが、世界での状況のようです。
(※)言語の意味。アイディアや感性が生産性のキーになると言っています。
社会で起きている現在と今後
現在進行していることは、新自由主義の影響の下、「社会が液状化し、人々が寄る辺なき『はじまりの労働者』に戻されていく過程にほかなりません。」と「武器としての資本論」は言います。
「20世紀の終盤になって、相対的剰余価値の生産が行き詰ってしまった資本主義は、グローバル化に活路を見出し」ます。
グローバル化とは、「労働力商品の価値の引き下げであり」、「絶対的剰余価値の追求への回帰」であります。
さらに、「逆に安い労働力を先進国内に連れてくることも行われ」、「労働者の反発が各国で移民問題を引き起こし」ました。今起きている「ブレクジッドはその結果」であり、「近年の外国人労働者導入の動きに見るように、同様のことは日本でも起きる」
と述べています。
「これからを考える場合、資本主義の液状化を前提とした方がよい理由」のまとめ
20世紀の資本主義は、フォーディズムで始まり、一旦成功したかに見えましたが、行き詰まってしまいました。
現在、進行している社会状況は、ネオリベラリズムの影響の下、社会が液状化し、人々が寄る辺なき「はじまりの労働者」に戻されていく過程かもしれません。
今から思い起こせば、社会人となる時は、まさに就職氷河期であり、人余りのため、これ以上人はいらないという雰囲気が会社などで支配していました。
当時、若い人の採用を抑えたことは、現役世代の雇用を守るため、若い世代が犠牲になったとも考えられます。結果として、非正規雇用が拡大するきっかけとなりました。
その後、景気が上向き、人手不足の時代になりました。しかし、現実には、スキルのミスマッチなど必ずしも雇用に結びつかないという現実もあるようです。
一方で、100年時代のキャリアのあり方を始め、働き方改革や副業解禁などが、現在様々で議論されいます。
働き方改革や副業解禁の動きは個人にとってはポジティブな面もあると思います。
しかし、ややもすると、一昔前であれば、一生添い遂げる対象であったの会社といった組織から、個人が切り離されていき、いつの間にか「人々が寄る辺なき「はじまりの労働者」に戻されていく」ことなのかもしれません。
良し悪しはともかく、少なくとも、今起きている事象とは、資本主義の液状化が進んでいると言えます。
私たちは、さまざまな「液状化」を前提に、今後の生き方を考えていくことが大事なのかもしれません。
最後までお読みいただきありがとうございました。